Comfortsの日々 handmade webshopのこと  東京の自宅でhandmade教室パン・お菓子 sewing cafe アイシングクッキー教室 今日もいいことありますように!


by comforts

思い出を大切な宝物にして

久しぶりの更新になります
前回更新したのは夏真っ盛りの8月 季節は巡りもう3月。。。
更新をお休みしている間にも、メールやお便りをいただき
お教室のお問い合わせをいただいたり
撮影のお話をいただいたりと。

気にかけてくださったみなさま本当にありがとうございます
そして更新お休みしている間も見てくださっていた皆さま
ありがとうございます


私ごとになりますが (↓長くなります)



前にもこちらで少し綴りましたが
一昨年、母に肺がんが見つかりました。

咳が出ていたので、かかりつけの病院では風邪でしょうということでお薬を飲んでいましたが
いっこうに良くならず妹が違う病院に行くようにと話してくれて
そこで怪しい影を見つけてくださりそれからは検査の日々でした。
父も妹も私も皆 ショックでした。 

セカンドオピニオンに行ったり、良いといわれるものを色々と試しました。

つらいといわれる抗がん剤の治療。
髪が抜け、倦怠感や食欲は落ちましたが病気をよくするために
6クール最後まで弱音を言うことなく頑張りました。
肺がんの経過は良く 退院して自宅で療養中でした。

そして昨年の夏休み終わりころ
脳に転移をして、左半身 麻痺。
少し前から転んでしまうようになり、手足がしびれると言っていたので私なりに調べてみました。
抗がん剤の副作用にも似ていた。
父が心配して定期診察の時に話をし検査をして頭に転移していることがわかった。

その後放射線治療

転倒すると危ないのでということで入院することになったのが9月。
入院してからは車椅子の生活になり、母一人では今まで普通にしていたことが出来なくなってしまいました。
思うように移動ができない、お手洗い、食事のセッティングetc 
看護師さんはいますが 私は毎日病院に行き、たわいもない会話をしたり、母の手伝いを。

放射線治療後はリハビリに励みました。
日に日に思うように歩けなくなっていることを母が一番よくわかっていたと思うけれど
頑張り屋の母は歩けるようになることを信じて頑張った。
動かなくなっていく手足を見つめながら夜泣いていた時もあったそうです。
看護師さんも気にかけてくださり少しでも気持ちが晴れるようにアロママッサージをしてくれました。
「いい香りでしょう♪」と嬉しそうに言って「今日はお風呂入らなくていいや!(香りが消えてしまうから)」と子供みたいなことを言っていた母。
入浴も私か妹がしていました。
突然、要介護になってしまったのでどんな風にお風呂に入れればいいのか手さぐり状態でした。

妹と一緒にセカンドオピニオンにも行きました。
「(転移した)場所が場所だね。手術は難しいし危険だな。場所を恨んでください」と言われた。

その場所は脳幹。
神経をつかさどるところだから左半身麻痺からいづれ右半身も麻痺するだろう。
少し前まで普通に生活していたからそのことが受け止められなかった。

退院までに介護認定調査や自宅で介護できるように部屋を片付け、介護のことケアマネジャーを決めたりといろんなことを考えなくてはならない日々

10月末に退院をしました。
先生からもなるべく一人ではなく付き添っていてくださいとお話がありました。
父と妹と私のローテーションで母の介抱をしました。
食事は自分でできるものの他はぜんぶ介護が必要なので母ももどかしかったと思う。

実家まで1時間弱の道のり、毎日のことなのでケアマネからヘルパー入れましょうか?と勧められたが
私はもちろん家族みな自分たちで介抱したいという気持ちだった。
夜は不安と悲しい気持ちになり涙してしまい寝れない日々が続いた母
そんな時、父は母の話を聞いたり安心させてあげていたそうです。

みんなで美味しいものを食べに行ったり、大きなお風呂が大好きな母なので車椅子のまま入れる銭湯にたびたび母と妹と娘と一緒に出かけました。
情報収集し見つけてくれた主人にも感謝です。
そして仕事帰りに送り迎えもしてくれてありがとう。
お風呂上がりの嬉しそうな母の顔。気持ちよかったね~と喜んでくれたことが私たちも嬉しかった。
遠くには行けなかったけれど、いろんなところに出かけました。
お正月には我が家に親戚も集まり賑やかに過ごしました。
1月の定期診察後くらいから食欲がなくなりあまり食事が取れないのが数日続いたので病院に行ったら即入院。1月20日のこと。

それからは点滴になりました。
日に日に会話も減ってしまい、ベッドに寝たきり。今まですべて私達でしていたことが
お水を飲ませることもできなくなってしまい・・・何ともいえない気持ちになりました。

ただただ母のそばにいるだけですが
父も妹も私も 毎日母のところへ

呼吸もだんだんと体全体でするようになり
苦しそう。。。

1月28日に母は天国へ旅立っていきました
61歳でした。

前日、娘を連れて病院へ行き
(本当は病院に連れて行くのをためらいました。今までの母とは違うから。
まだ6歳だけれど子供ながらにどう思うかなぁ~と思い)

その日の母と娘の会話
「ばあば」 
「はあい」
「また明日来るからねバイバイ」
「バイバイ」が最後になりました。 

大きな声で返事をしてくれていたから大丈夫だ!と思っていただけに
息をひきとったときはただ立ち尽くしてしまい呼びかけられなかった私がいた。

現実を受け止めれなかった。
そんなはすがない。
まだまだ。
親孝行もっともっとしたかった。
・・・

娘として何ができるんだろう?
入院中も毎日、実家にも毎日。
母のそばにいることでした。
自分が無力さに悲しくなることもありました。

退院してからの3か月 
大切な時間を過ごしました。
家族皆で介抱できたことは本当によかったと思います。
母が家へ泊りに来たときにも主人や娘も協力してくれて本当にありがたかった。

自宅と実家の往復を大変だと思い
お米を研いでくれたり、
洗濯やお風呂掃除を進んでやってくれた娘 ありがとう。 
心配してくれいろいろ手助けしてくれた
主人に感謝です。

そして私の事、娘の事を気遣ってくれて
娘を幼稚園後から私の帰宅まで預かってくださったたくさんのお友達 
本当にありがとうございます。

後悔することなく母の介抱ができたのもみなさんのお陰です。

ほんとうに母は凄く頑張りました。
いつも自分のことよりも
家族のことを想ってくれていた母
心からありがとう。

もっといろんなことを教えて欲しかった。もっと話をしたかった。
まだまだ長生きしてほしかった。
いつも元気でアクティブな母だったので病気になるとは思ってもみなかった。

時には涙が溢れ、胸がギュッと苦しくなる時がある。
そんな時は思いっきり泣いてしまおうと思う

思い出を大切な宝物にして
頑張っていこう。
 

長くなってしまいすみません
最後まで読んでくださってありがとうございます。

少しずつ活動を再開していきますのでどうぞ宜しくお願います

メルマガ登録してくださっている方、休刊になってしまいすみません。
また復刊しますのでもう少しお待ちください。

  miwa


 

[PR]
Commented at 2012-03-07 08:04 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2012-03-07 15:15 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2012-03-07 21:43 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2012-03-07 22:10 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2012-03-23 13:04 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by comforts at 2012-03-24 09:34
+鍵コメ2012-03-07 08:04さま+
あたたかいお言葉ありがとうございます。
メールにてお返事させていただきました。
これからも宜しくお願い致します。miwa
Commented by comforts at 2012-03-24 09:37
+鍵コメ2012-03-07 15:15 ちゃん+
ご丁寧にありがとう
メールでお返事したのでお時間のある時に読んでね
miwa
Commented by comforts at 2012-03-24 09:39
+鍵コメ 2012-03-07 21:43さま+
気にかけてくださりありがとうございます
メールでお返事させていただきました。
頑張っていきますmiwa
Commented by comforts at 2012-03-27 13:18
+鍵コメ 2012-03-07 22:10 ちゃん+
おひさしぶり^^
励ましの言葉ありがとう♪
またゆっくりとお話ししたいね。
miwa
Commented by comforts at 2012-03-27 13:31
+鍵コメ2012-03-23 13:04 Mさん+
いつもあたたかいお言葉そして
気にかけてくださりありがとうございます。
Mさん 待っててくださいね♪♪
メールでお返事させていただきました。
miwa
by comforts | 2012-03-06 13:02 | life | Comments(10)